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チーム 2014年9月27日配信

金子誠選手が引退を表明




北海道日本ハムファイターズの金子誠選手が本日9月27日(土)、札幌ドームで記者会見を開き、今シーズン限りでの引退を表明しました。守り勝つファイターズ野球の象徴として、堅守でチームを支えてきたいぶし銀がファイターズ一筋の現役生活21年に自ら幕を引く決断をしました。

茨城・常総学院からドラフト3位で入団し、3年目の1996年に新人王を獲得。98年から2年連続でゴールデングラブ賞、99年にはベストナインに輝きました。若くしてリーグを代表する内野手として台頭するも、プロ人生で大きな転機となったのは2004年の本拠地移転。「大事な最初の5年間に選手会長やキャプテンとして携わることができて。11年も北海道でプレーできると思わなかったけれど、同じチームでありながら2つの球団でやったような感じがします。28歳、これからひと踏ん張りという年齢で人生をかけてやりがいある仕事に関わることができました」。チームの要職を担い、地域密着化を図る球団とチーム、ファンの架け橋として尽力するうちに「ファイターズ愛が毎日毎日増していきました」と振り返ります。

チームを4度のリーグ制覇、2006年の44年ぶり日本一に導くと、プロ野球新となる7試合連続二塁打を記録した2009年には21年間で唯一の打率3割をマーク。世代交代の波が押し寄せてもその都度はね返してきましたが、2010年は両アキレス腱痛に見舞われ、2012年オフには左膝を手術するなど満身創痍の状態でした。「2009年の途中から経験したことのない痛みと不安があり、5年くらい自問自答を繰り返してきました。レギュラーで16年間、二遊間をやってきてプライドができ、今年ファームで遊撃手からの光景を眺めながら、これを1年続けるのは厳しいなと」。不退転の思いで臨んだ今季、潔く決断を下して「悔いは全くないです」と言い切りました。

自らのスタイルを「うな丼の山椒。なきゃないでいいけれど、あったらいいというもの」と表現した金子誠選手。今後については「21年前、大沢監督の下で名護キャンプに呼ばれた時に“スポンジが水を吸うように吸収したい”と話したことを覚えています。それから得たものを野球界、ファイターズに搾り出して恩返しできれば」と、球団の発展に寄与していくことを約束しました。残り試合では山椒のような辛味の効いたプレーで、見る者全ての心にその雄姿を刻み付けてくれるはずです。

経歴

茨城・常総学院高-日本ハムファイターズ・北海道日本ハムファイターズ(ドラフト3位、1994-2014)

年度別成績

年度 所属球団 試合 打席 打数 得点 安打 二塁打 三塁打 本塁打 打点 盗塁 犠打 犠飛 四球 死球 三振 打率
1995 日本ハム 4 6 6 0 2 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .333
1996 日本ハム 117 465 395 50 103 14 2 4 33 15 38 4 25 3 67 .261
1997 日本ハム 134 604 513 80 142 18 2 12 53 13 36 5 46 4 91 .277
1998 日本ハム 127 442 380 53 100 10 2 4 26 11 20 0 40 2 42 .263
1999 日本ハム 135 473 416 56 114 17 3 3 29 4 18 0 38 1 65 .274
2000 日本ハム 113 445 402 53 93 12 1 3 31 12 15 0 26 2 40 .231
2001 日本ハム 140 559 501 57 127 22 2 8 56 9 10 4 38 6 65 .253
2002 日本ハム 104 434 393 46 112 19 3 6 29 9 17 1 19 4 44 .285
2003 日本ハム 117 409 373 42 91 19 2 3 33 8 6 5 22 3 61 .244
2004 北海道日本ハム 109 372 332 42 85 15 1 3 39 5 6 2 28 4 86 .256
2005 北海道日本ハム 79 230 208 19 50 9 1 4 24 2 8 1 13 0 33 .240
2006 北海道日本ハム 126 439 393 44 100 26 3 6 40 7 15 4 24 3 63 .254
2007 北海道日本ハム 132 470 419 34 102 15 4 4 53 9 20 0 27 4 78 .243
2008 北海道日本ハム 96 331 291 24 63 16 0 2 29 0 13 5 20 2 76 .216
2009 北海道日本ハム 136 510 454 58 138 31 2 14 66 6 22 4 27 3 88 .304
2010 北海道日本ハム 77 291 264 30 69 10 0 5 34 2 15 0 12 0 60 .261
2011 北海道日本ハム 98 279 256 18 60 7 1 3 20 0 12 0 11 0 49 .234
2012 北海道日本ハム 103 311 277 21 63 18 0 0 22 1 17 2 15 0 53 .227
2013 北海道日本ハム 32 56 50 3 10 0 0 0 1 0 4 0 1 1 18 .200
2014 北海道日本ハム 14 17 16 2 2 0 0 0 1 0 0 0 1 0 6 .125
通算 1993 7143 6339 732 1626 279 29 84 619 113 292 37 433 42 1085 .257

2014年9月26日現在

主な記録

  • 初出場・・・1995年4月2日近鉄2回戦(藤井寺)9回、代走
  • 初安打・・・1995年10月3日西武25回戦(西武)2回、小野投手から
  • 初本塁打・・・1996年5月5日近鉄6回戦(藤井寺)8回、池上投手から
  • 1500試合出場・・・2008年8月18日福岡ソフトバンク19回戦(ヤフーD)[プロ162人目]
  • 250犠打・・・2010年6月5日読売4回戦(東京D)オビスポ投手から[プロ12人目]
  • 1500安打・・・2011年4月20日オリックス2回戦(神戸)小林雅投手から [プロ107人目]
  • 7試合連続二塁打・・・2009年4月7日千葉ロッテ1回戦(東京D)~4月15日オリックス2回戦(札幌D)[プロ野球記録]
  • 遊撃手シーズン最高守備率・・・.995(2008年)[パ・リーグ記録]
  • 遊撃手ゲーム11補殺・・・2004年7月6日近鉄14回戦(札幌D)2012年4月12日福岡ソフトバンク3回戦(ヤフーD)[パ・リーグ記録]
  • 歴代100傑入り・・・試合(47位)安打(90位)犠打(6位)
  • 球団歴代10傑入り・・・試合(4位)打席(4位)得点(6位)安打(4位)二塁打(4位)打点(7位)犠打(1位)犠飛(5位)三振(2位)
  • 日本シリーズ出場・・・4回(2006、2007、2009、2012)
  • オールスター出場・・・3回(2002、2004、2009)
  • 日本代表・・・2004アテネ五輪

表彰

  • 最優秀新人・・・1996年
  • ベストナイン・・・1999年(二塁手)
  • ゴールデングラブ・・・1998、1999年(いずれも二塁手)、2009年(遊撃手)
  • 月間MVP・・・2009年4月(入団16年目での初受賞はパ・リーグ最遅)

小林浩オーナー コメント

「少ないチャンスをものにして守り勝つファイターズ野球は、金子選手の存在なくして実現できなかったと思います。守備の要として、打線のつなぎ役として、玄人をうならせるいぶし銀のプレーは『スカウティングと育成』を標榜する若いチームをけん引し続けました。東京ドーム時代から主力として活躍してきた数少ない選手。ファイターズ一筋21年間、本当にお疲れ様でした」

栗山英樹監督 コメント

「本当に信頼している選手であり、決断に関しても色んな考え方があったんじゃないかな。あれだけの選手だから、自分の中で納得できる理由が無いと辞められないと思う。ただ、稲葉もそうだけども、二人とはずっと一緒に戦い続けたい気持ちは正直あります。遊撃手は特別なポジションで、負担もかかるし、その中で長い時間やっていた事がすごい。プロ野球選手は何が大切かを身をもって教えてくれた選手。体が強くて1年間戦い続けることを背中で見せてくれた現役生活でした」

稲葉選手 コメント

「とても寂しい。ファイターズ一筋でここまでやってきた選手ですが、一番年上になってプレーしたことがないので、(稲葉選手自身が引退する来季は)一番上としてチームを引っ張って欲しいと思っていました。僕たち二人が引退することを、僕たち自身がどう思うかではなく、残る選手たちがどう思うか。どうしていかないといけないのかを考えていって欲しい。若いチームなので、いろいろなことを考えて、大人になっていくんじゃないかと思います」

中田翔選手 コメント

「知らせを聞いてびっくりしました。色々な面でお世話になったので失礼な言い方かもしれないですけど、ショックです。守備もバッティングも誠さんには色々な話をしてもらったし、プライベートでも可愛がってもらったので色々な思い出があります。このチームで一番野球に詳しい方なので、とても勉強になりました。稲葉さんも含めてチームを支えていただいたお二人なので、すごく大きな存在だと感じています」

小谷野栄一選手 コメント

「寂しいですね。信じたくないですけれど。思い入れが強いから、引退の事実を聞いてからどういう顔をして誠さんと話せばいいのか分からなくて、今は自然と避けているのかもしれません。誠さんはこのチーム一の功労者。誠さんとやっていなければこんなに長く野球ができていないと思うし、(田中)賢介もそうだと思う。本当に特別な存在で、出来ることならもう一度三遊間を組みたいです」

大引啓次選手 コメント

「来年も一緒に戦うつもりでいましたので、非常に残念です。同じ遊撃手としてプロ入団1年目から一番うまい選手だと思って見ていました。誠さんはいるとチームとしての軸がしっかりする選手。もっと一緒にプレーして勉強したかったです。安心してもらえるように僕らはたくましい姿を見せないといけないですし、クライマックスシリーズを早く決めて恩返ししていきたいです」

宮西尚生選手 コメント

「自分が入った当初は怖いイメージがありましたが、普段は気さくで優しい方です。ある時、ピッチングが全然駄目で落ち込んでいる時に、『おまえのいい所はどこなんだ!』と声をかけてくださって、その言葉で立ち直れたんです。攻めのピッチングが出来るようになったのも、ここまで投げられているのもその言葉があったからだと思います。自分だけでなく投手陣は金子さんのプレーにどれだけ助けられてきたか。金子さんも稲葉さんも若い選手にとっては大事な選手なので、本当につらいです」

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