2014.05.13 TUE
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広報レポート<アウトローに構えたミット>

5回、大谷選手
7回、タイムリーを放った大野選手

最後まで危なげない19歳の快投でした。3点のリードを保ち迎えた9回表2死一塁。大谷選手は代打の米野選手を三ゴロに仕留めると、ポンと右手でグラブを叩きました。最大瞬間風速16メートル、初めてマウンドに上がった函館でプロ初完投を完封で成し遂げる快挙。4勝目を飾ってのお立ち台では「来年もぜひここで投げたいですね」と珍しく威勢のいい言葉を発しました。

同郷・岩手県出身、不世出の名捕手に見守られての登板でした。前日の練習後、栗山監督が向かったのは戦前に全日本チームでも活躍した実業団野球・函館太洋倶楽部の主力だった久慈次郎選手が眠る墓でした。函館山のふもとで正座して手を合わせた指揮官は「北国で野球の礎を築いた方。恥じない試合をしなければ」と話しました。試合前には球場横の銅像にコーヒーを供え、右打者のアウトローに構える像に向かって「翔平に構えてくれているように見える」とつぶやいていました。

初回こそ2四球にボークありと不安定だった大谷選手でしたが、4番浅村選手を投ゴロ併殺に打ち取ってリズムをつかみました。「いいところで野手の方々が点を取ってくれた」と言う通り、1回裏に近藤選手が先制の中前適時打。7、8回にも2死無走者から点を叩き出し、背番号11にギアを上げさせる源となりました。

年1回の函館開催を完勝で飾り、同地で3年ぶりに勝鬨を上げました。しかも、球団の北海道移転後、道内地方球場に限れば一人の投手で零封勝ちを収めたのは初。プレー中の不慮の事故が元で久慈氏が息を引き取ってから75年、同県人の右腕が伝説を作り上げていく出発点をここ函館で刻みました。

栗山語録

栗山監督

Q.大谷選手がプロ初完封勝利です
「いろんな思いで進めないといけない中で、こういうふうになったときにスタートだと思っていた。褒めるつもりはないけど、スタートしたかなと思う。足元も悪く、風も強い状況で最後まで集中していたし、バランスを崩さずに投げられたよね」

Q.途中交代は考えませんでしたか
「きょうのマウンドで間違いなく投げられるピッチャーは限定される。替えるつもりはなかった」

Q.野手陣も援護しました
「いろんな流れを考えながら(大谷選手は)投げられたよね。飯山がああいうところで点を取ってくれるのには意味がある。どうやって野球に向かい合わないといけないのかが分かる」

Q.勝率五割まであと1勝です
「交流戦で勝負になるとずっと言ってきた。去年はその前に連敗して苦しくなったからね。それまで残り4試合の意味は大きい。がむしゃらに走るしかない」

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