2019/09/27(金)チーム

田中賢介選手が引退会見

北海道日本ハムファイターズの田中賢介選手が本日9月27日(金)、札幌ドームで現役引退会見を開きました。

田中賢介選手引退会見01

昨季12月、今シーズン限りでの引退を表明し臨んだラストイヤーの最終戦。練習前に会見に出席した田中賢選手は「今日で20年間の現役生活を終えます。これまでたくさんの方々に応援いただき感謝しかありません」と晴れやかな表情で語りました。「昨夜はプロに入って初めて眠れなかった」と笑顔で話しましたが、今朝、家を出る時の子どもの反応には「寂しそうにしていてグッときました」と話し、こらえていた涙があふれ出ました。続けて「あっという間の20年間でした。僕一人では到底できませんでしたし、たくさんの協力、支えがあってです。影響を受けた人は数え切れない。場面場面で出会うべき人に出会え、支えられながらやってこられて幸せだった」と感謝の言葉を並べました。

田中賢介選手引退会見02

田中賢介選手引退会見03

一番印象に残ったことに2006年の日本一を挙げ、「僕の中で一番大きな出来事、幸せな時間だった。それまで6年間鎌ケ谷でやってきたことが実を結んだ」と苦労を重ねた末につかんだ日本一を振り返りました。球場を一体感に包んだ『賢介コール』については「この1ヶ月、全国で賢介コールを聞くたびに寂しい思いになりますし、感謝の気持ちでプレーしてきました。本当に皆さんのおかげでこれだけ長くプレーできました」と話しました。ベストナインを6回、ゴールデングラブ賞を5回獲得したものの「誇れることは何もない。それでも自分がレギュラーで出ているシーズンでずっと優勝争いができたのは誇り」と2度の日本一、5度のリーグ優勝を経験した功績を感じさせました。

田中賢介選手は福岡県出身で東福岡高校からドラフト2位で日本ハムファイターズに入団。2006年に開幕一軍入りを果たすと、レギュラーに定着し、球団44年ぶりの日本一に貢献しました。堅実な守備とリーグ記録を塗り替える犠打で、2番打者としてファイターズのつなぐ野球を象徴した選手でした。2012年には長年の夢であったメジャー挑戦を決意。涙ながらにファイターズに別れを告げました。2015年、3年ぶりにファイターズに復帰すると、ベストナインを獲得。翌2016年には、球団記録に並ぶ14連勝がかかる試合で同点打を放ち、チームを勢いづけると、10年ぶりの日本一を決めた試合ではウイニングボールもつかみました。勝負強いバッティングで何度もチームの窮地を救い、NPB通算1,500安打まで残り40として迎えたラストシーズン。引退と並行してカウントダウンが進む中、最後の最後まで数字と戦い続け、惜しまれながらもユニフォームを脱ぎます。

フォトギャラリー

2000年ドラフト2位で日本ハムファイターズに入団
2000年ドラフト2位で日本ハムファイターズに入団

2007年パ・リーグ最多記録となる58犠打をマーク
2007年パ・リーグ最多記録となる58犠打をマーク

2009年選手会長として2年ぶりのリーグ優勝に導く
2009年選手会長として2年ぶりのリーグ優勝に導く

2012年メジャー挑戦を表明し、ナインから胴上げ
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2015年3年ぶりにファイターズに復帰しベストナインに輝く
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2016年フルイニング出場を果たし10年ぶりの日本一に貢献
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2019年代打本塁打を放ちお立ち台で笑顔を見せる
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